出張所

ISSO-ORIGINALの出張所です。リンクからBLでファンタジーな本部へドウゾ。

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あけましておめでとうございます。(今更。)…着物は女の情念

2017/01/10 21:14 ジャンル: Category:作者の事情
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鏡開き明日だから、まだいいっか。てか、行きつけの激安スーパーで、まだ年賀状うってたわ。
さて今回はウザい記事です。


しばらく何年か元気がなくて、正月ももふもふパンツとセーターで過ごしていたのですが、
今年は頑張って着物をひっぱりだしました。
といっても母の遺品ばかりなのですが。

うちは娘三人のわりに和服が少なく、母は時代なりの背丈の人だったのもあって
(姉二人は160越え)
母が「ケンカのもとになる」とのことで着物を娘たちに配らなかったのです。

結果、死んでからほぼ全部身長も体重も母に近い私のところにどかっと来ました。
といっても5~6枚ですが…。
しかもとても古いもの(表はきれいだけど裏の汗染みとかすごい)や、紋の入っているものが多いので
売ることもできないし、たとえ売っても二束三文のものばかりです。
じっさい、「金目のものは処分、バイクも処分」と言ったお役所さえも「着物を処分」とはいわないのでした。
ちなみに書籍処分して980円になったとき、役所に聞いたら
「…それは届け出なくてもいいです」って静かに同情されました。


…ですが、もし着るのであれば、着物があるのは悪いものでもないです。
とりあえず気分がいいっていうか、貧乏を一瞬忘れます。
留めそではどうしようもないですけど…
(この年で独身の行かず後家は、色留めそでというのを着るのが正式らしいです。
でもお茶やってないし、甥や姪の結婚式も特に予定ないしてかいないし…いらないわ~)

とりあえず、少し風を通さなくちゃと思い、
母がとっておきにするあまり、外で一度も着なかった訪問着をきてみました。
母の妹が還暦か何かの祝いにつくってくれたものだったと記憶しております。
絹で紋がはいっていて、仕立てがすごくよくて、大変よいものでした。
おかーちゃん、なぜ着なかった、もったいない。
おかーちゃん公文の先生だったから、表彰式やパーティーいっぱいあったのに…。

ま、そのうちまた司教様の叙階式でもあったらあたしが着てったるわ。
(もう生きてる間はなさそうだけど…。(^▽^;))

シミでもつけたら大変なので、2時間で脱ぎました。
絹ってあったかいよねー。
とはいえ、北海道の冬には、中に「股引」か「タイツ」デフォですけどね…。
タイツやストッキングは親指に挟んで上から足袋はけばいいよ。全然オッケーだよ。
あと「長袖のもふもふ肌着」とかも強い味方です。袖がでるから、ひそかに袖まくりして着ればいいよ。
肌襦袢なんて風邪ひくわ。

着物ってきているとすごくつかれる。
とくに袋帯して帯枕入れていると最悪で…。物凄い背筋が必要になってきます。
一枚目着て一日ダウンして、
ダウンした翌日、二枚目の風通しにチャレンジ。

二枚目は中学の時に初めてまともな大人用の着物を着せてもらった
思い出の着物でした。
色がちょっと悪くなってた。ずいぶんしまい込んでありましたしね。
可哀想に、着物。

この思い出の着物は、大きな茶色の桜の柄が裾とエリにはいっていて、一応「訪問着」って書いてありました。
私には見分けはつかないのですけど…。昔聞いた話では絹らしい。でもつるつる系ではなくてさらさら系です。
母は「若い柄だからお母さんはもう無理」といって(当時50ちょいくらい)きせてくれたのですが
思いのほかに中学生の私にこの青い着物が似合ったのを覚えております。

ただ、三人姉妹なので、どっちとは言わないけど姉の一人が
「プッ、まるで30代のきものだわね」「ほんっと30代」「どう見ても30代ね」と
くりかえしバカにしてきたのをおぼえております。
それこそ3時間ほどしか着ていなかった間に何度もいわれたものです。
それ以来わたしはこの着物が大嫌いになりました。

どうして母は一言、「そんなこというもんじゃないよ」と姉に言えなかったのかなあ、と思います。
あなたが母親だったら「粋じゃないね。やめなさい、人の着ているものをとやかくバカにするのは」と
教えてあげてくださいね。言ってるほうがよほど恥をかいてしまうんです、行くとこに行くと。
(行くとこって、神社とか歌舞伎座とかお茶やお花の席とかね。)

…ただ、今思うと母が言わなかった理由も、姉がクソみそにけなした理由もなんとなくわかるのです。
詳しくは言いませんが、その姉は、肩がはっていて、巨乳で、長身なのです…。
そして壊滅的に、似合う着物の色目が母の持ち物と合わない。

…女同士って、醜い関係ですね。

その姉は一時期オーダーメイドの着物(正絹)にはまって、(3桁)万借金をこさえ、その尻を父にぬぐってもらいました。
わたしに青い桜の着物が似合ったことが、彼女をそんなふうに追い詰めてしまったのですね。
可哀想と言えばかわいそうなのですが。

…分を知れや、クソが。

そうして父が死んで私が相続放棄したとき、彼女は初めて「自分は着物が似合わない」と受け入れて、
作った着物を、ほとんど古着屋さんに二束三文で叩き売ったのでした。

さすがに「この人…ばかなんだなあ…」としみじみ気の毒になってしまい、
「着付けを習って、残した着物をきちんと着たらいいよ、せっかく作ったんだから」とはげまして着付けに通わせたところ、
着付けの先生にさんざんにされたらしくて(彼女は人から物を習うのがとても苦手です。そこは私と同じ。)
「一年かよってタイコが結べないってどういうこと?!」とか言われ
「…先生の教え方が悪いです。」と目で訴え、
「…そうね、私の教え方が悪かったわ…ごめんなさいね…」と言わせ、
ついにタイコを前で結んで後ろにまわすことで決着見たらしいです…。
…全部いうと泣けてくるよ…。

さらに私が着物に風通ししているのを見ると、なぜかかならず、
「あのピンクの桜の着物きればww」と嫌味たっぷりに言ってきます。
なんなんだ、といつもおもうんですが。
ピンクの桜の着物って、私は物心ついて以来まったく見たことがないです。
ママンもピンクという色が嫌いな人で。
姉は何をうらんでいるのでしょう。
ここまでくるともうわかりません。

そして「ゆみのん、一緒に浴衣でお祭りいこ♥」といって
私にはだまして浴衣を着させ、自分は夏物の単衣でやって来て差をつけ、
(註・寝巻パーティーだとだまして相手にパジャマを着させ、自分はそれなりのワンピースを着てくるようなもの)
本人の気持ちはやっとそれで35年ぶりに落ち着いたみたいです。
…ほんとに涙がでるほど無粋なひとです…。

でもその姉とも悪縁が切れたので、母も亡くなったし、着物に罪はなし、
恨みはちょっと横によけて(忘れるとまた危険なので忘れることができないのがつらい、)久しぶりに袖を通しました。
ちょっと柄が派手ですが、独身だからいいでしょう。
相変わらずわたしにあつらえたようにぴったり似合うのでした。
悲しい。女は悲しい。

でも安心してね、お姉ちゃん、ママンの一番よい着物は、あたしも似合わなかったわwww

わたしも数え48の年女、「30代の着物」でも若いくらいですw
ああ時間なんて、そんなものなのに。バカね、おねえちゃん…。

で、その青い桜の着物が重くて重くてですね(^▽^;)
「こりゃいかん…」と…。
幸い母の「いい長襦袢」を見つけたので、少しはよかったんですが、
やっぱり和装は筋力ですわ、ほんと。
中学生のときは体力があった。
…割烹着着て頑張ったけどやっぱり二時間で脱ぎました。

そうこうしているうちに、母の羽織が出てきまして、
これがまたでかいシミがついてるんだ!! なんてーか、これ、リキッドのファンデぼたぉちしたろ、
みたいな…。しかもヒモがない…。
そしていかにも昭和レトロなバラの織柄…。絣のおりがらっていうか、生地はさらっとした縮緬ふうの絹なんですけど…。
買ったときは最新流行だったんだろな…。たしか私が幼稚園くらいの時…。
父がめっさけなしてたの覚えとる…。そしたら母が「わたしだって一枚くらいあたらしいものほしいわっ」ってキレてた…陰で…わたしに。なぜわたしにキレる。わたしが父の娘だからか。多分そうだ。そういうことよくあった。(^▽^;)
母はなんていうか、結構趣味が新しかったんですが、父は中の下の金持ち家庭の育ちなので、古典的な着物に郷愁があったみたいです。父方のバァさんのお出かけ着はすごかったからなあ。本人にはあったことない(早死にした。)が、着物は見たことある。
まあでも、アタシもおばさんだから、もうレトロでも許されるわ。

どうせ家でしか着ないし、とおもって羽織を着ましたら、
羽織ってあったかいね!! 
びっくりしました。
シミもあることだし、普段着として着ようかとおもいます、この羽織。軽くて明るい色で、着心地はよいです。

んで、今日は、すこしリラックスして「これ普段着にしていいわよ。コンビニくらいならいっていいわよ。割烹着着て家事していいわよ。」と死ぬ前に言い渡された、黒地の絣の着物を、帯枕抜きのタイコできております。エリ芯もぬき。襦袢は真っ赤な化繊のやつ。(この長じゅばんはけっこう重い…)着ていて途中で「あ、帯板はあったほうが楽だ」と気づいたので、帯板は入れました。やー、タイコも枕ないと軽くて楽です。帯もひとえおびっていうんですか(今ググった)、織物で重なってない奴、すごく軽い、これは楽です。そしてシミのついた羽織とよく合う。やっぱ普段着はこれですね。これはぐだぐだ半日くらいきていられます。

着物のいいところは、「太っても着られるwww」ところ。ここ毎年ずんずん太って、激安のズボン、シーズンごとに泣きながら買い替えてる私には、「もう、いっそ、毎日着物で!!涙」と思ってしまう瞬間がよくあります。

冬の北海道では実用的でないのが着物のつらいところ。何しろ雪が深いので、長靴でなけりゃ滑るし、足冷たいし、っていう…。
でもさー、大正時代よろしくブーツでもいいじゃん?みたいな。前述のように股引やタイツはいて。もふもふの肌着着て。

ぶっちゃけ、ネットショップの古着屋さんなら、ユニクロ服より安い着物もいっぱいあるのよねーっ(あたしはSaqnkiだけどね)。勿論、「着ることを想定していません、リフォーム用です」っていうのが多いけど、「十分着られます・化繊なので洗濯できます」っていうので送料なしで1500円以下とかもある…。化繊の小紋(タウン着です。まあ、札幌で気取ってショッピング、とか、ちょっと観劇、とか、そのへんに使う)とか、ちょっとほしくなりますね。着付けの小物揃ってないと、一回目はたかくつくけど…わたしは幸い、えり芯とか帯板とか、帯締め帯揚げも母からもらったのがあるので…。

女の情念といえば、うちには「パパンの母の着物」っていうすごい形見がまだあって(^▽^;)
なぜ離婚したときママン捨てなかったの、みたいな。
これも父方の女姉弟の情念こもっていまして、
「義姉さん、母の着物(註・実母。後妻が捨てるといいだしたらしい。)あげるわwいちばんいい奴を義姉さんにあげるww」
といわれた母は震えあがって(「そして着物をどう扱うか監視して嫌がらせするつもりか」と別の嫁さんと言い合ってた。別の嫁さん…父の弟の嫁さん…も、すげえの貰ってすげえ困っていたらしい。)
「なら、是非普段着ていらした、愛着のあるものが欲しいですwww」(多分捨てる気だった)
といって、かなりシミだらけのぼろい着物をもらったのだが、(これが蛇の目なんだよ(^▽^;))
帰って来て父に
「おまえ、かあさんの着物捨てる気じゃないだろうな」
と本音を突かれて、捨てるに捨てられなくなって、離婚しても父の一族の情念がこわくて、大事にブーブー紙でつつんでたとうしでつつんで箱にいれてとってあるっていう…。そして母も死んだっていう…。

…娘たちのためにいいのもらったろ、って気持ちはさらっさらなかったらしい。

わたしは捨てようと思っているのだが、父の幽霊や夢があんまり煩かったら広げて飾ろうかとも思っていて、
蛇の鱗柄の着物は、まだうちにある。
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今日はプーチンが来るんだそうで…

2016/12/15 00:27 ジャンル: Category:作者の事情
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今日はプーチンが来るんだそうで…
なんかシベリア鉄道北海道に乗り入れたいらしい?!
…ついに北海道とりにくるか、ロシア。
まあ、ロシア人が観光にくるのは別に構わないです。
てか、ロシア人とインド人は、たまに生協にいます。

そんななかわたしは10時から、黒バスグッズ(ローソンのプリペイドカード)予約しに
ローソンに行きます。
がんばっておきるぞう。
夕方病院行きます。

つたえーてーおーくーれーー♪12がーつーの旅人よ~♪
いついついつまでも待っているーとー♪

ごはんをつくる

2016/10/26 01:20 ジャンル: Category:作者の事情
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死が射程距離にはいった病人のご飯作りを、自分を殺してしていたら、自分の好きなものも忘れてしまったし、自分の食べたいものを作るという「生きるコツ」もわすれてしまい、ママンが死んでから、友達にカップラーメンを送ってもらって生きていた。(うまかっちゃんおいしい。)

最近少し良くなってきたみたいで、やっと味噌汁が作れるようになった。(なにしろそれまでに本だしを何箱かダメにした。まだミソも。)出汁を農協の出汁パックに変えてみたのが引き金になった。このだしパックが、なかなかおいしかった。

味噌汁となると、私は青菜が中心になる。そもそも青菜を食べるために味噌汁を作るようなもので…。それに飽きると根菜になったり、あとは豆腐と揚げがメインだ。青菜を食べると、やさいくず、つまり、生ごみがでる。うちの生ごみは主に茶殻で、茶殻は腐りにくいので捨てるしかないが、青菜の根などは、刻んで土に返すことができる。

まだ暖かかったころは、猫の額ほどの庭を深く掘って埋めると、一週間もたてばきれいに分解されてとても爽快であった。最近寒くなり、今はまだ土が掘れるのだが、もう少し経ったら、雪が降ってしまうだろうとおもわれ…わたしの生ごみ遊びも、冬はできない。

大きな植物用の鉢に埋めたら、多分におうだろうな、とおもって埋めてみたら、やっぱり青菜でもにおう。とても室内でできる遊びではないと思った。まあ、におってしまったものは仕方がないので、そとからいい匂いのする落ち葉をたくさん拾ってきて、土をどけて葉クズの蓋に落ち葉をぎっしりつめて、またつちをかけ、水をやっておいた。…悪臭はきえて、落ち葉のいい匂いにかわった。落ち葉にはもともと雑菌がついているのであっという間に分解すると聞く。

まあそんな鉢があるのだが、秋口にそこにスイカの種を放り込んだのを最近になって思い出した。芽が出てきたからである。スイカは畑に食べ殻を埋めておくと発芽するくらいに根性のある植物だ。昔うちでは落ちた実からトマトも出たことがあるが、この時期に発芽すると、なんだかかわいそうである。とりあえず、室内なので、水をやって育てている。植物が生えていたほうが、菜っ葉クズも分解が早いだろう。

…とかまあ、そういうことを、味噌汁を作りながら一人でしゃべっている。ナレーションふうに、きれいな声で、きちんと発音して喋っている。なぜかというと、家にこもっていると、喋らないので、声帯や腹筋がどんどん鈍ってきて、歌も歌えなくなってきたのに気付いたからだ。声を鍛えなくては。自慢のデカ声、これだけがわたしの取り柄なのだ。

喋ることがないときは、存在しない料理の初心者に、手抜き料理の仕方を一から講義している。たとえば、包丁はつかったらすぐあらってつるしましょうねっ、とか、人参の皮は、包丁に慣れるまでは、人参をたててむくといいですよ、むければそれでいいんですっ、とか、そんなようなことだ。

そうすると気もまぎれて、味噌汁が完成に至る。

つか、料理きらいだからさー。みたいな。そんな日々です。

今更ですが、「黒子のバスケ」を読みました。

2016/09/24 01:40 ジャンル: Category:ときめいた
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Twitterにつぶやいた文の総集編です。
藤巻先生、なんかインテリジェンスがあってよいわー。
今更だとコミックスも古本屋で安いし、春にはエクストラ・ゲームが映画になるので、今更おすすめですwww

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起きた→シリアル食べた→筋肉痛がすごすぎる→とりあえず黒子のバスケの最後2巻とほかの人が書いてるヤツ3冊よんだ→感動とともに疲れ果てて寝た→起きた→スパゲティ食べた→ネットにあがった(イマココ)

赤司くんほんの一コマ回想シーンでバイオリンひいてた!! ピアノも弾いてた!!

あとなぜか黒子んとこの部長の声がいいと唐突に漫画の中で絶賛されていたwww多分もうあの時アニメやってた。感動したんだろうなあ。

赤司くんはやっぱりだれかに止めてもらいたかったんだね。
でも黒子のバスケは潔くいいところで完結していて、そこに原作者のセンスと意地を感じる。あそこで終わるから感動的なんだと思う。

赤司くんがすごくよかった。

しかしそれにしても、火神は、ほんとに見えざる奴隷制だよね…
黒子っちの道具だよね…メテオジャムやっても影が薄いってどうよ…

黛先輩はアニメのほうがよかったね。

赤司くんオリジナル(第一人格)のほうって、なんていうか、すごくかわいい感じの「いいにおい」するよね…。配信されてくる緑赤botにでてくるけど、そうなのよ、「かわいい」のよね。なんかいいにおいする。清潔で聡明で優しい男の子のにおい。
 においというしか私は表現のしようがないのだが、雰囲気っていうのともちょっと違う。なんていうか、うーん、オーラか????だいぶちがう。カトリックで侍者やってる子によくいる、あのタイプ。

 
 リプレイス・プラスのほうは、まあ、同人とアニメと原作のごった煮みたいな…。桃っちがかわいかったです。でも桃っち青峰君に失礼過ぎでしょう…。青峰君は桃っち好きなんだなーって感じのギャグ漫画になっていた。
 いっそのこと進撃中学校みたいにナンセンス系にしたほうが爽やかに読めるかなーとも思ったけど、やっぱり同人さんには中学時代の公式資料がいるからなーとも思った。中学時代そのものは興味あるよね。むっちゃんもかわいかった。
 つかリプレイス・プラスは黄瀬くんの学校のナンパと合コンネタがものすごく面白かった。黄瀬君は原作だといじめられてるからなあ、作者に。
そうだよね、黄瀬くんて、ほんとはこうだよね、って素直にかかれている感じでよかった。
 黄瀬くんは好きなんだけどカップリングの相手がいない。しいて言えばテツか。というか黄瀬くんは大人の女に襲われて傷つくのが似合うと思う。それをテツや峰っちがなぐさめてやるのがいいと思う。

 まあでも、赤司くんて孤独だなあっておもって…そこが彼の清潔感のゆえんなのかもしれないけど…。わたしはレオ姉がすごく大好きなんですが、赤司くんとカップリングはできない。まあでも、赤司くんには緑間っちがいるからいいよね。赤司くんの視界に入ってるか謎だけど…。でも同人ならおけ。
 なんていうか、赤司くんの独特の可愛さは「抑圧した孤独感」なのかなあ、とも思う。本人死んでも寂しいとか言わないだろうけど、彼はなんとなくかすかに「自立してない」感じがする。同じ父親と子供でも、リコの親子や火神の親子のほうがずっとお互い自立している感じがある。
 火神親子がお互い個人主義なかんじがするのは、ひとえに火神が料理をするからだと思う。どうしても私の女の感覚として、「自立している男は料理ができる」っていうの、あるんだなーとかんじた。それは氷室と火神にも言えて、並んでエプロンしめるアニメのワンシーンが物凄くイメージを左右したと思う。あれはアニオリで、原作やNGにはみあたらないんだけど、もしかしたら、原作のデータブックにあるのかもしれないね。
 
 黒子のチームのにゃんこ顔センパイがやめると言い出した時、無口先輩が言葉なく止めるのがすごくよかったなあ。にゃんこ顔先輩すきです。彼こそ風の星座っていう感じがする。
 あときよし日向とかいいよね。すきです。別枠でダジャレ先輩は一押しです。きよしセンパイいいよね。なんか、わたしの理想の男性像にかなり近いですwでもなぜか青峰くんがすき。女心は複雑だわwww

 最終巻の表紙の黒子っちの笑顔をみて「あー原作者かいてるうちにすげーうまくなったなー」って感動しました。
 
 はぁ~赤司くんの第一人格かわいかったわー。
「においがする」っていうのは出来上がったキャラに対するわたしの最高の賛美です。


 漫画の中でときどき、わざとうしろ向きにかいて顔を見せないシーンがあったのだけど…テツの嬉しそうな顔とか最後まででてこねーし、あと赤司くんも一か所あった。中学時代に先輩の部長がお父さんの病気で引退するところ。アニメも顔みせなかった。
 どうやらあのとき赤司くんは「心配そうな顔」をしていたらしいのだけれど…。そんな顔は部長さんにしか見せてなくて、そこんとこ「自分が部長やるのがどれだけ心配だったんか」と思うか「どれだけこの先輩を頼りにしてたんか」と思うか、解釈が分かれるところ。後者なら先輩とカップリングできるなあ~
 その顔かかないって、漫画として卑怯だとおもうのだが、ただ、結果としては上手い効果になっていると思う。勝てば官軍で、「結果として上手い効果になっている」なら、「新しい手法」といわれるわけで。個人的にはすごく卑怯だと思う。
 
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被害者と加害者についておもうこと…

2016/09/11 18:35 ジャンル: Category:作者の事情
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家の中に、平気で人を利用する人物がまざっていると、いろいろ大変である。
彼女はよく実家に物をもってくるひとであった。
パパンいわく「あいつの持ってくるものはゴミだ」。
まさにそれで、例えばクリスマスプレゼントと称して、大きなブーツの箱の中に
ご家庭の御不用品のつめあわせをつくり、きれいに包装して持ってきて、
「開けてみて」といって開けさせ、その御不用品がどれだけご不要か説明して
「ね、いいでしょう?」と褒められようとする。
わたしは小さい頃これによく騙されたが、大人になってからは
「…ああ、この人は、フロイトのいう『肛門期』に事故があって、
自分のうんこを大人になった今でも宝物だと思っているのだな」
と、達観するようになった。一種のキ印とみなしたのである。
そして一度「あらまた持ってきたの、御不用品の詰め合わせw」と言ったら、
「おまえにはもうプレゼントをやらない!!」と逆切れした。願ったりかなったりである。

しかしながら母は病気で倒れるまで
面白いようにこれにつきあってやっていた。
「あらいいわね、すてきね」といって受け取り、彼女が帰ってからそれをわたしに押し付けようとする。
「ほら、かわいいわよ、すてきでしょ、お母さんにはわかすぎるわ。つかわないし。」
ならなぜいい顔をしてもらってやるのか、と大変疑問だったのだが、
「だって貰ってあげるのも親切のうちだと思って、断ったら可哀想」という。
この母にしてあの娘ありってことか、としみじみ思った。
「あんたが貰ったんだからあんたが使いなさい。あたしは苦労して断ったのよ」
いつもそう言って、ゴミの再プレゼントには断固とした態度をとっていた。

そんなママンも病気で倒れてからは心の余裕がなくなったので、
わたしが「衝動買いしてやっぱりいらなくなったからといって、ママにおしつけるのはやめてちょうだい。」
「ママは病気なのよ。なんだとおもってるの。」
と言って何度かくりかえしゴミを叩き返した。
当時は百均でいかにも衝動買いしたと思しき手帖やら、全然サイズの違う衣服、
使いかけの化粧品、エコバックなどが多かった。
そういう、失敗した買い物でできた、お金の成れの果てを、
彼女は自分で捨てることができなかった。

「…よく考えて物を買いなさい、そしていらないと感じたら、『ああ、お金がもったいなかった』とつくつぐ後悔して、自分で捨てなさい。そうすればお金がたまるわよ。自分ですてるのは大切なこと。」
ママンが死んでから再三さとしたが、多分彼女は今でもできない。最近あってないのでわからないが。

そんな彼女は欲しいものがあると「二人でつかおう」と家族に持ち掛けて半額出させ、
じっさいは独り占めする、という悪癖があった。
長女だからこれでゆるされた。実質7歳まで一人っ子としてそだち、彼女には共有という概念がなかった。
これは彼女が子供の頃からのことで、妹が二人生まれても正せなかった親には多大な責任があると思う。
共産主義国ならこれは犯罪である。
農協が農業機械の金だけ徴収して、買った機械をかしてくれないようなものだ。
で、勿論妹たちは早々に学習して、
二番目は真似するようになり、
三番目は断固として拒否するようになった。
親に「二人で使いなさい」といわれても三番目は「じゃあいらない」というようになった。
それでも「二人で共有」は高校の美術の油絵具セットにまで及んだ。
(母子家庭だったので、一万円の油絵の具セットが買えなかったという事情もあった。)

さてこんなおめでたい母は勿論、彼女が大人になっても「共有」とか「かわりばんこにつかおう」にだまされて
たくさん金を巻き上げられた。
一番巻き上げられたのは、マッサージ椅子である。
10万円ほどしたと記憶している。
引っ越しのストレスでヒステリーを起こした彼女をなだめるためと、
本当にママンも肩凝りがひどかったというのもあって、「共有」の言葉のもとに
彼女にぽんと10万円のマッサージ椅子を買い与えた。
私が一万円の学用品さえ拒否されたのに、彼女がどれだけ母から甘やかされていたか、
また彼女がどれだけ我慢が効かず、ひとをだまして平気だったかわかると思う。
彼女はのちに、その椅子の使い心地が悪いからといって、
父の家に持っていっておいてきた。(注・りこんかてい)
「邪魔だからすてようかとおもったんだけど」とすまして彼女はそう言った。

母は癌で、足がパンパンにはれ上がり、ほとんど自分で歩けなくなってから、
病院のベッドによこたわってしみじみ言った。
「マッサージ椅子は彼女にだまされた。一か月交代でつかうと約束したから買ったのに。」
その椅子はしばらく、離婚し再婚し2回目の離婚をした父の家にあり、
後に父が老人施設にうつったとき、本や他の荷物とともに破棄された。
それを知っていた私は大変イライラしたが、なるべく静かに言った。
「ママ、何回彼女に騙されてやれば気が済むの。
だましたほうは勿論絶対的に悪い。
でもここまでやられるのは、だまされてやるほうも悪い。
詐欺というのは感づくもの。だまされてるのではない。だまされてやっているんだ。」
ママンは無言であった。

うちの事情は特殊だから、これを世間一般に当てはめることはできない。
ただ、外国ではスリや盗難が大変多いと知っていたら、
よほど「うっかり」でない限り、
財布をポケットにいれた背広をカフェの椅子にかけたまま、カウンターに注文しにいったりはしないであろう。

ちなみに、加害者はまったくなんの悪気もない。
それはほんとうに、赤子が母親の乳を悪気無くのみ、
でてきたゆるいうんちを当然のこととして母親に始末させるのと同じである。
むしろ自分の愛されている証拠として、それを相手に要求するのだ。
そして相手が喜んでいるとさえ思う。
放置された背広からのぞく財布は神の恵みであり、
彼は感謝しておしいただく。

世間一般にあてはめることはできないが、
私はつい思ってしまう。
「あなたはそれを相手に許していないか」と。
「社会はそれを許す世論を形成しているのではないのか」と。

繰り返すが、勿論加害者は、絶対に悪い。

プロフィール

19ra

Author:19ra
一倉弓乃。
ここしばらくイベントに顔を出していないが、休んだり休んだり休んだりしながら、ぽつぽつと創作に励む腐女子。女子というか、おばさん。

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